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【2020.8月号】大規模災害時の指定避難所の適切な条件とは

毎年のように豪雨災害があり、地震や台風災害も含めてこの日本列島で生きるために、何を準備しておかねばならないか、災害医学的な視点から事前の点検が必要である。
 その前に、地域の医師・歯科医師、医療関係者の責務はなにか、ということを明確にしておきたい。それはDMATのような緊急支援業務とは異なり、後続する「災害関連病(死)を防ぐ」ということにある。この見地からも、発災後、医師・歯科医師はできるだけ早く自院の診療を再開することも求められているわけである。
 大規模災害の発生時には、事前の防災計画に従って自治体や防災組織の指揮で避難所づくりが行われ、自治的な運営本部が立ち上がる。そして私たち医師は自院診療再開の合間をぬって、地域の避難所の衛生・健康管理に関与することになる。
 その際の最優先課題は、健康管理に先立つ、よりよい生活環境の確保である。まず医療関係者はこの課題に目を向ける必要があり、不十分な点があれば避難所の運営本部へ連絡進言する必要がある。これまでの大規模災害の経験から、その優先順位を考えてみる。
 第一に、清潔な飲み水、手洗い用の水、そして歯磨きや入れ歯洗浄用の水道の確保である。避難者は通常歯ブラシを持って避難していないので、これが備蓄されている必要がある。水道の少ない指定避難所は事前に蛇口を増やしておくべきである。災害時の口腔ケアは関連死の原因の一つである肺炎の防止に不可欠であるが、避難所運営マニュアルに明記されていないので、医療関係者から運営本部に進言することが必要である。
なお、マスクは災害用備蓄品に含まれているはずであるが、インフルエンザや新型コロナの流行時には住民全体に行き渡る十分な数量が必要である。同様に消毒用アルコールも備蓄が必須であることは論を待たない。
また、歯磨き用、入れ歯洗の水道は手洗い用とは別に必要数確保されるべきである。
 第二に、トイレの確保である。指定避難所のトイレは水洗式に事前に改造しておくべきであるが、学校等のトイレの水洗化はまだ十分でない。また水洗がない場合、尿・便(おむつも含む)の「社会的隔離」を確実に行なえる条件の準備が欠かせない。避難所マニュアルには記載されている点ではあるが、高齢者の使用を考慮した仮設トイレを一定数設けることが必要である。
 第三に、避難者の中の乳幼児、妊婦、授乳婦、要配慮者の把握と、避難者の中から災害弱者のケアができる専門職能を持った人材(ボランティア)を探す必要がある。避難所の専用居住スペースが狭く、安全な使いやすい避難環境にない場合は、災害弱者を他の福祉避難所へ移動させるよう運営本部に進言しなければならない。
 以上が整ってはじめて第四の健康管理の開始である。体調や病歴の聞き取り調査、治療薬品の有無など、専門職が関わる場面が出てくるであろう。なお、救護所が避難所の外のテントの場合、季節を考慮した風防避寒避暑の仮設テントでなければならない。
 最近では避難所の駐車場での車中泊の避難も目立つ。これはエコノミークラス症候群の発生リスクを高めるので、医療者は下肢運動などの予防策を伝える必要がある。
 なお、食料関係の準備について、医療者としては高齢者用の粥、軟菜の準備を点検する必要がある。諸外国では屋外調理施設が速やかに立ち上がり、温かいスープや粥などが避難者に直ちに提供されているようである。避難所マニュアルへの記載が望まれる。
 そして忘れてはならないのは、被災地の医療施設の運用状況の情報共有である。稼働している病医院の情報が重要で、傷病者の搬送先を確認しておく必要がある。東日本大震災の経験では情報入手が困難であったといわれ、バッテリー電源や非常用発電機によるインターネット環境の確保が重要なのは言うまでもない。
 最後に、忘れてはならない存在が「在宅被災者」である。誰の支援も受けられない被災者があってはならず、被災地域からの住民情報にも注意しなければならない。
 災害は忘れた頃にやってくる。日頃の準備、点検が重要であることを改めて訴えたい。