【2019.7月号】かかりつけ医の定額報酬制は地域医療の死活問題
6月25日付日本経済新聞は、厚労省が、開業医の過剰な診療を抑制するために、住民にかかりつけ医を登録させ、定額の診療報酬を支払う制度の検討を始めたと報じた。
日経新聞のこうした報道は、もちろん厚労省官僚筋からのリーク記事であり、その証拠に、今回の報道も厚労省のどの部局からのものかは全く触れていない。このような重大な方針がどこでどう検討されているか、国民には全く知らされないことに怒りを覚える。
もともと厚労省の健康政策立案部局は財務省からの派遣人事の影響下にあるといわれており、従来から登録医制とか診療報酬定額制といったアドバルーンを何回も上げてきた経過がある。
しかし今回はかなり具体的な絵が描かれている印象であり、予断を許さない状況である。
報道によると、「厚労省は公的医療保険の改正に向けた検討を始めた」「早ければ21年度の改正も視野に入れる」ということである。
内容を見ると、まず患者が身近にあるかかりつけ医(診療科は特定していない)に任意で登録する。そのかかりつけ医に受診した場合は、診察料は月ごとの定額になるので受診回数は関係ない。検査や投薬も過剰にならないような診療を促し、その結果全体で医療費の伸びを抑制する効果が見込めるという。ただし、これは任意なので登録を希望しない患者は従来の診療報酬制で受診することになる。患者がかかりつけ医でない医療機関を受診する場合は患者負担が上乗せされる。
厚労省はかかりつけ医として登録できる医療機関の要件を定めるというが、大病院との連携(専門医への紹介機能)や診療時間外の対応も可能かなどの要件が求められるようで、登録可能な医療機関の一覧を公表するとしている。
報道では以上のような内容にとどまっているが、定額制の場合の診療報酬を現行の生活習慣病管理料の対象を広げた場合の定額制の水準と、患者負担の上乗せの水準についてこれから検討を進めるという。
こうした定額制の問題は山ほどある。
まず第一に、定額制にすれば、収益を確保するために医師は余分な検査や投薬は控えるであろう、という発想そのものが問題である。医師は誰でも患者の状況に合わせてベストと思われる医療を行う倫理的規範をもっているが、こうした規範を嘲笑うような方策が定額制に潜んでおり、医師がある意味で馬鹿にされているということである。またかかりつけ医にならないと患者が確保できないという状況に追い込まれないかと不安に思う医師もあるかもしれない。
第二に、地域にかかりつけ医として選択できる医療機関とそうでない医療機関が並立することとなり、日本の医療が明治以来守ってきたフリーアクセスが事実上否定されることになる。この影響はこれまで培ってきた地域医療の在り方に計り知れない影響をもつが、一般医と専門医の分断にも通じるものであり、これは開業医間の協力体制を基礎とする地域包括ケアにも影を落とすことになろう。
第三に、この発想は医療費の増加要因が、例えば諸外国に比較して受診回数が多いとか、検査を受けたがるとか、薬をもらいたがるといった患者の受診行動にあるとするもので、結局患者負担増で医療費を抑制するという考えに行きつくしかないことである。いわば患者にペナルティーをかけることになるので、低所得者だけでなく、病弱になり、受診機会が増える高齢者、障害者にとって大変つらい医療制度なのである。
日本の医療費は決して高くない。先進諸外国に比較して少ない医療費で国民医療を支えてきたのである。今日医療費増の最大の原因は高すぎる薬価にあり、また貧困な老人福祉や家族構成の脆弱さのしわ寄せが、行き場のない長期入院患者を増加させているのである。
厚労省が今考えるべきことは、医師も患者も安心してかかれる医療をつくること、医療以外の生活条件、住居や栄養面での社会的環境をしっかり整備することである。