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【2022.7月号】戦争のない平和な世界を作るのは外交力 敵基地「反撃」能力保有論の脆さ、危うさを憂う

 2月24日に始まったロシアの軍事侵略によるウクライナでの戦火が収まりそうにない。このような時期にわが国の安全保障をめぐって気になる議論が出てきている。
 こうした政治・軍事問題を医療団体として取り上げることについては様々な意見があることを承知の上で、命の尊厳を最優先し、戦争を回避する立場からの主張をしておきたい。
 安全保障をめぐって今出ている議論の一つに、4月に自民党の安全保障調査会から出された政府への提言案がある。この内容は、中国や北朝鮮の軍事力を念頭に、相手のミサイル発射拠点をたたく「敵基地攻撃能力」について「反撃能力」へ改称したうえで、保有するよう提唱したと報道されている。しかも反撃する対象は相手国の基地だけでなく「指揮統制機能」を含めるべきだという。さらに中国や北朝鮮の軍事力増強を踏まえ、これまで国内総生産(GDP)比で1%ほどを目安にしてきた防衛費の2%程度への増額も主張している。とどまるところがない軍事力強化の合唱である。
 では、何のための「敵基地反撃能力」かというと、わが国土の安全保障というわけであるが、ここに大きな問題がある。まず、相手国が定めるわが国土の「標的」はどこなのかといえば国内のミサイル発射基地とその司令部である。その対象は、ミサイルを搭載している海上自衛隊イージス艦8隻と浜松を含む航空自衛隊の25のペトリオット高射群であろう。もちろん米軍基地もあるが、米軍が自衛隊の基地を狙ってくるミサイルに対応するかどうかは定かではない。
 では「敵基地」とはどこか。外務省国際情報局長や防衛大学教授を歴任した孫崎享氏によると中国には1,200発以上、北朝鮮には200~300発のミサイルが実戦配備されているという。そのうちのいくつかの基地を攻撃したところで相手国の基地を全滅させることはできない。したがって、敵基地攻撃は国土防衛に有効なのか、といえばその保証は全くないことになる。米軍でさえこの地域での軍事バランスから見て台湾海峡をめぐる軍事衝突では勝てないというのが米国の権威ある軍事研究機関(ランド研究所)の見方であるという。
 以上みたように、日本の安全や平和は軍事力では保てない、というのが正しい現状認識である。そうであるならば、尖閣諸島や北方領土など離島をめぐる領土問題は外交で解決するほかにはないのである。もちろん国連や第三国の仲介も必要になるであろう。いずれにしても日本は戦争はしないのが国是でありできるはずもない。いかなる理由があっても自国民の安全のために戦争を回避する国家間の関係を確保するのが外交官や政治家の役割である。
 しかもわが国は世界に誇る非核三原則や戦争放棄の九条を維持している国であり、相手方をさらに身構えさせる攻撃能力の保有は許されない。国際的に支持される粘り強い外交努力こそ平和への保障であることを政治家にはしっかり確認していただきたい。