【2021.4月号】マイナンバーカード普及政策への拭いきれない疑問
菅政権の発足でデジタル庁が新発足し、カードを持っていない国民に対して、政府が国民の税金を使ってマイナーポイントというおまけまでつけて普及を急いでいる。
どうしてそんなに急いでマイナンバーカードを普及しなければならないのか、疑問が解けないまま、事態が進行している。
内閣府とデジタル庁が国民向けに作った宣伝用動画でまず強調されているのは、マイナンバーカードは一番確かな「身分証明書」なので、国民一人残らず持ってほしいというのである。今の日本で政府が強調するほど、国民にとって身分証明者が必要になっているとは思えないが、たしかにいろいろな窓口で「本人確認」が求められる機会は増えている。そのうちに役所や銀行や郵便局などの利用窓口には、すべてマイナンバーカード用の顔認証付きのカードリーダーが設置されるのであろうか。
医療ではどうだろうか。受診の際に健康保険証を携帯していてくれればなんの問題もないのだが、その健康保険証がマイナンバーカードで代用できるという政策をめぐっては、私たち保険医の医療現場でもいろいろな迷いが生じている。さらに3月中に申し込めば、カードリーダーの設置費用がすべて補助金でできるという経営的インセンティブも、新型コロナによる減収のなかでは無視できない現実であろう。
確かに、転居や転職、結婚などの際に生じる保険者の変更に伴う空白がなくなるメリットはあるだろうし、生活保護受給者の医療券も不要になるという点では大きなメリットと言えなくもない。確かにこうしたシステムの導入で役所の事務合理化に繋がり、受診抑制につながる仕組みの解消には有用ではあろう。
今後、特定健診の記録や薬剤服薬情報とのリンクも予定されているようだが、またまたその読み込みのためのICTシステムが必要になってくるのであろう。
しかし、これは受診時のマイナンバーカードの持参と医療機関側のカードリーダーの設置、独立したインターネット回線の整備という条件が整っての話であり、どう考えても国民の側のメリットは限定的である。
つまり、この事業は国民に便宜をあたえるというよりは、税金を使ったICT産業への一大公共事業と理解するほかはないのである。こういう事業の裏には利権といった影がちらつく。今進行中の衛星電波事業の許認可問題、携帯料金問題などをみると、そうした疑いが否定できない状況であり、われわれ国民はそれに踊らされているのかもしれない。
より深刻なのは、官僚が権力者に忖度して平気で隠蔽する政府の下で、国民の知られたくない権利、監視されたくない権利が守られるか、という心配である。
菅政権により学術会議会員に任命拒否された6人の学者の一人、宇野重規東大教授は、デジタル化の目的は政府の政策決定の過程での情報の公開性、透明性を図ることにあったはずであり、今のデジタル化は国民の側の情報を政府が容易く入手し管理することだけに偏っていると指摘する。いわばテクノロジーの暴走の中で個人情報が政府という政治権力に勝手に使われかねない事態である。
マイナンバーカードの民間利用の促進といったデジタル化の前になすべきことは、これを管理する責任を負う政府自身の情報公開の改革、都合悪いことは隠蔽してしまう体質の改革なのである。
こうした国民の利益を守るという現政権への信頼のなさが、マイナンバーカード普及への逡巡の背景にあると言わざるを得ない。今の政府がマイナンバーカードを使って何をやろうとしているのか、もうしばらく見極める時間も必要である。